あのエリアの“いま”-麻布台ヒルズの光と闇-
- contactcullinansto
- 4 日前
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― 静寂のラグジュアリー、その先に見えるもの ―
東京の中心、六本木と麻布の狭間に広がる、かつてない規模と思想の都市再開発――麻布台ヒルズ。
森ビルが17年の歳月をかけて完成させたこの巨大複合施設は、都市と自然、文化と経済、そして人間の営みまでも包括する“未来の都市”として、壮大なビジョンのもとに誕生した。
だが、開業からおよそ1年が経とうとしている今、そこにあるのは、意外にも「静寂」だった。
【麻布台ヒルズの「光」】
世界基準の都市美学と、選ばれし者の楽園
「東京に、まだこんな空間が生まれる余地があったのか」麻布台ヒルズを初めて訪れた人の多くが、そう口にする。
一歩足を踏み入れれば、そこはもう従来の東京ではない。
曲線を多用した低層建築と有機的なランドスケープ、そして人の動線に合わせて配置された広場とカフェ。すべてが計算し尽くされ、都市生活に“静けさ”と“自然”を取り戻そうという意志に満ちている。
◉ 建築と自然の融合
槇文彦やヘザーウィック・スタジオなど世界的な建築家が手がけたデザインは、まさに“都市の美術館”と呼ぶにふさわしい。建物は目立つことを嫌い、周囲の緑や街の歴史との共存を選んだ。まるで森の中に佇む村のように、静かで、洗練されている。
◉ 世界水準の文化と教育
敷地内には、イギリスの名門「The British School in Tokyo」が移転し、子どもたちの姿が街の風景に溶け込む。アートの面では、チームラボが「ボーダレス」の第二章を常設。まるで“脳内に入るような”体験ができる。
◉ ラグジュアリーの最前線
地下には世界最高級の食材が揃う「麻布台ヒルズマーケット」、地上階にはルイ・ヴィトン運営のレストラン。高層階のレジデンスには、国外の富裕層も注目し、その販売価格は1戸数十億円に達する。
麻布台ヒルズは、まさに“世界に誇る東京の顔”であり、同時に、選ばれし者だけがその恩恵にあずかる“閉じられたユートピア”でもある。
【麻布台ヒルズの「闇」】
都市の静寂は、繁栄の証か。それとも虚無の兆しか
ところが、開業から10ヶ月以上が経った今、そのユートピアに足を踏み入れる者は少ない。
平日の午後。麻布台ヒルズの広場は、まるで「完成したばかりの新築マンション」のように異様に整いすぎて、そして空虚だ。
◉ 広がる“空気のない空間”
緑豊かな中庭も、白を基調としたレストラン街も、ほとんど人がいない。週末でさえ、にぎわいは一部のイベントスペースに限定され、多くの商業施設は閑散としている。おしゃれで高級、しかし気軽に立ち寄れる雰囲気ではなく、SNS映えすら“やりすぎ”に見える。
それもそのはず。地下のマーケットでは、一握りの富裕層しか手が出ない価格帯の商品が並び、1本数千円のジュース、1房1万円のブドウが冷蔵棚に静かに置かれている。
この空間を“日常”として使える人間が、どれほど存在するのか。
◉ 「誰のための街か」が問われ始めた
再開発によって、長年この地で暮らしてきた住民たちは立ち退きを余儀なくされた。
かつてあった古民家、八百屋、喫茶店――そのすべては「風景の一部」ではなく、「生活そのもの」だった。
だが、いまその場所に立つのは、外資系企業のオフィスと超高級レジデンスだけだ。
東京のど真ん中にできた“静けさ”は、人々の生活が削ぎ落とされた結果でもある。
◉ 商業テナントの苦戦
オープン時に話題となった飲食店の中には、すでに撤退の噂が出ている店舗もある。
「来る人が限られている」「リピーターがつかない」「高級路線だけでは回らない」との声も、内部から漏れ聞こえる。
売上が見込めず、賃料に見合わない。そんな現実が、シビアな都市経済の冷たさを浮き彫りにする。
【終わりなき問い】
麻布台ヒルズは、“都市の理想”か、“現代の蜃気楼”か
東京はこれまでも、何度も都市を作り直してきた。六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、ミッドタウン――それぞれがその時代の“理想”を体現してきた。
そして今、その最終形とも言える麻布台ヒルズは、皮肉にも「人がいない」ことで注目を集めつつある。
ラグジュアリーなだけでは街は生きられない。アートと緑があるだけでは文化は育たない。
そこに人間の営みと感情、矛盾と摩擦、歴史と継続性がなければ、都市はただの構造物でしかない。

開発は完了した。建築は整った。ブランドも揃えた。
だが都市は、人がいて初めて“機能”する。
この街が本当に“未来の都市”であるのかどうか、それを決めるのは、完成後の華やかさではなく、10年後の静けさの中にある。
麻布台ヒルズは、まだ始まってすらいないのかもしれない。
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